覚書

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真面目に見ていたわけではないけれど
旦那が見ていたので、ちょくちょく見ていた「ソードアート・オンライン」。

第2期もクライマックスのようで…(SAOバレありなので注意)
第2期のゲーム世界を支配していた子安さんのキャラ(苦笑)が、
主人公君に倒されちゃう回でした。


そこで、ゲームマスターを超えたプレイヤーの意思、という話題がでて、
ちょうど「TOX2」のメインルートについて考えていたことに近かったので、覚書。


ゲームにおけるゲームマスターは、
まさにその世界のルールとシナリオを支配している「神」。
(有名なのは、TRPGにおけるゲームマスター[GM])。
プレイヤーは、
その中で定められたルールの中で行動し、
(自分の攻撃力と相手の防御力で、与えるダメージが○○になる、など)
与えられた選択肢を選ぶ。
けれど、その先の展開もシナリオも、結局はゲームマスターが定めた枠の中のみ。

「TOX2」のシナリオに感じたのは、それに近いかな。
選択肢の少ない、定められたルールとシナリオを、
どんなに理不尽に感じても着々とこなしている。
そんなところ?

ゲームマスターが定めたルールは不変であり、
プレイヤー覆すことなどできない。
本来のゲームのルールは確かにそのとおりであるけれど、
それを超えることを期待しているユーザもいたのだと思う。
(「SOA」も、第2期では主人公くんはGM権限を使って勝ったので、
 意思で超えた!というのは、ちょっと違う気もしたかな?
 1期のラストを見ていないのでよくわからないけれど)

「Fate」において、聖杯戦争のルールを基本的に逸脱できなかったように、ゲームにおいて作者=ゲームマスターの定めたルールを壊せないことが普通ではあるのだけどね。
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